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今日もぽれぽれ

「ポレポレ」とはスワヒリ語でのんびり、ゆっくりという意味です♡

そして家族に その38

私は、会社勤務の仕事を辞めてから、国際協力NGOセーブ・ザ・チルドレン、同じく国際協力NGOCAREで、デザインボランティアをしていました。

そのきっかけは、私はそれまで企業の営利目的のためにデザインという仕事をして来たのですが、50才になったのを期に、これから後の人生は、世界に繋がっていくような社会貢献がしたいと思ったからです。

娘が大学で勉強していた教科書をたまたま読み、欧米では、自分のスキルや得意分野でボランティアをしている人が多くいることを知り、それはまさに自分の目指していることと一致していると思いました。

国際協力NGOセーブ・ザ・チルドレンCAREも、全くコネがないところに、いきなりメールして、デザインボランティアのご用聞きから始まりました(笑)最初はどちらも、「今、けっこうです」とあっさり断られました。それでも、活動報告会を見に行ったり、メール等の連絡を絶やさないでいたら、ある日突然、両方とも向こうから連絡があり、ついにデザインボランティアが出来るようになったのでした!

 

NGOの中でも、CAREさんとは2008年から年3回発行していた定期刊行物のニュースレターの誌面デザインを、かなり長いこと担当させて頂いてました。(印刷物が終了するまで)

 

そんなお手伝いをさせて頂いている時、2011年の東日本大震災が起こり、たまたま岩手県山田町に住む私の友達が、小学校の息子さんと共に被災されたことを知りました。幸い、彼女は息子さんと真っ暗な夜道を駆け上がり、丘の上にあるお寺に避難して助かりました。

 

私がボランティアしていたCAREが真っ先に現地入りして、山田町で様々なボランティア活動を実施し、彼女からは、「今日、CAREのクルマを見かけたよ」とかメールが来たりすると、はがゆいながらも、ホッとしました。

自分が直接現地に行けなくても、ニュースレターにより被災地の現状と活動の報告をしているということで、募金が集まり、現地の人達に継続的支援が出来ればと思っていました。

そうした中、2012年に、岩手県に住む女性と東京のあるライブでたまたま隣同士の席に居合わせ、すっかりと仲良しになり、図々しくも山田町の友達に会いに行きたいことを伝えると、いいよと言ってくださり、家族も周囲の友達も驚くほどの勢いで、ある日突然、私は岩手の山田町に弾丸一泊ツアーに行きました。

 

あの恐ろしい津波が押し寄せた山田湾は、高台から見下ろすととても静かで美しい湾でした。友達と再会し、山田町を案内してもらいました。

港に近い陸中山田駅はぺんぺん草の生い茂る荒涼とした場所で、友人は私と一緒でなければ、ここは来たくないし見たくない場所と言っていました。

 

それから、CAREの炊き出しを実施していた一時避難場所だった小学校にも行きました。また、漁業が盛んだった山田港にも行ってみましたが、まだその船舶はなく、友達が指差す先に、当時高校1年生だった弟さんが入っていたという岩手県立山田高校ボート部の小屋が見えました。

 

その2年後の2014年に、私は再び山田町を訪問しました。

駅周辺はショベルカーが何機も音を立て、開発を急いでいる様子でしたが、人の気配がなく、町としての復興はまだまだという感じでした。

 

今日の漫画は、あえて、被災した翌年に山田町を訪問した時の写真入りアルバム漫画をつくってみました。

 

普通の生活が、あの3.11という日を境に失われ、今なお、先の見えない暮らしをしている方達が、山田町に限らず大勢いらっしゃいます。健全な町となるまで、あと何十年かかることでしょう。

普通の家族の日常、私達はいつもそのことを感謝して生きないといけない、と最近つくづく思う日々です。そんなことから、今日は異色とも思える、けれども、私しか描けないアルバム漫画にしてみました。

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2012年10月27日に撮影した写真です。