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今日もぽれぽれ

「ポレポレ」とはスワヒリ語でのんびり、ゆっくりという意味です♡

母子家庭時代 「離婚と戸籍」

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BGM:マカロニ(Perfume)なんちゃって

 

親権を決める

アパートを決めた夜、前夫に離婚の話を切り出しました。

すると、「そうだね、苦労するのは僕ひとりで十分だから」と、訳わからないことを言い、その後に「子供は母親のものだから、親権は僕でなく君がいいと思うよ」と、いともあっさり親権を譲ってくれたので、子供ふたりの親権者は母親である私になりました。もともと、父親としての役割を果たしていなかったので、当然でしたけれども。

それで、離婚届の用紙にそれぞれが署名押印し、子供の親権者を記入する欄を自分にして書類を書き終わったら、さあこれからのふたりの門出に乾杯だねと、能天気な前夫がグラスふたつに赤ワインを注いだので、協議離婚とはこういうものなの?という感じで乾杯をしたのでした。

離婚届は大安にしようと思いました。実は前夫との結婚式が料金が安い仏滅の日だったので、離婚届に際しては、験を担いで届け出は大安!ということで、本籍のある横浜駅構内の行政サービスコーナーに行き届け出を出し、その後自分の住む区役所に戸籍を提出して離婚無事成立、という段取りでいました。

 

離婚届だけでは子供の戸籍は移動しない

ところが、いざ離婚届を出しに行くと、その手続きでは、自分の戸籍が抜けるだけで、子供達の戸籍は移動しなかったのでした。つまり、私が親権者でも子供とは別の戸籍になってしまうのです。え?親権者の欄に記入したのに?何故?

そう、今だったら、きっとインターネットで色々と調べてから行くのかもしれませんが、前にも言ったとおり、まだパソコンもスマホも普及していない時代でした。テレビドラマでよく見る離婚届けのシーンしか知らなかったので、あの緑の用紙一枚で全てが完了するものと思っていた私は、愕然としたのでした。

父親の戸籍にいる子供を母親の戸籍に移したいという場合は、「入籍届」という届出が必要だったんです。つまり「母の氏を称する入籍」という届出です。そして、この入籍届をする場合は、家庭裁判所の許可が必要だったのです。

がーん!面倒くさーーーーい!!

本当に面倒くさいのです。そしてもうひとつ面倒なのは、離婚の際に、両親の戸籍に戻らずに自分の新しい戸籍を作ったとしても、女性の場合は旧姓に戻ってしまいます。私の場合は、上の娘が小学校に上がったばかりだったので、私の旧姓に戻し苗字を変えてしまうというのは可哀想に思ったので、離婚後も、結婚していた時の苗字を使いたいとなると、離婚届と同時に、婚姻していた時の氏を名のりたいという届出をしなくてはならないのでした。面倒くさーーーーい!!!

 

家庭裁判所(トップにあるイラストの建物)に入籍の許可申請

さてさて、離婚届後、夫の戸籍から抜けて出て新戸籍を作り、そこに子供を入籍させるには、家庭裁判所に行き、入籍の許可申請をしなくてはなりませんでした。

そこで「子の氏の変更許可審判」が成されます。簡単な面接みたいなのがあったように記憶しています。当時まだ収入がなかったのでちょっと緊張しました。この審判がすむと、氏変更許可の審判書が発行されます。この審判書を持って地元の区役所にある戸籍課に入籍届を提出すれば、めでたく子供の戸籍が私の戸籍と一緒になりました!手続き完了!おめでとう!

でも、面倒くさーーーーい!!!

これから引越しをしなくてはいけないし、まだ仕事も決まっていないし、息子を幼稚園から保育園に移さないといけないしと、考えれば考えるほど不安材料が目白押しで、心が押しつぶされそうになりましたけれども、こういった一連の面倒くさい手続きをひとつひとつクリアしていくことにより、私はふたりの子供達を自分の手で育てるという戦闘モードの鎧をつけていったのではないかと思います。

 

ところで、一番肝心なことなんですけれども、子供達に私は離婚のことをどう説明したのだろうか、情けないのですが、全く覚えていないのです。本当はメンタル面でもっと子供の気持ちに寄り添ってあげなくてはいけなかったのに。自分のことでいっぱいいっぱいでした。離婚直前、あまりに家をあけ不在が続いていた前夫に、ある時、娘が「いってらっしゃい」の代わりに「また来てね」と言ったことがありました。その言葉に一瞬ギョッとしたけれども、子供の素直な言葉だったんだろうな、と考えさせられました。離れていても心が繋がっている親子は沢山います。でも、当時の前夫と子供達は、それほど心が繋がっていなかったのかもしれないな、と思ったりしたのでした。

けれども、私は離婚後、前夫に子供達と絶対に会わせないなんてことはしなかったし、前夫にも好きに会っていいですよって言っていたので、月に一度くらいは遊びに連れ出していたように思います。それまで私抜きで子供達と外出なんてしたことなかったひとですから、子供と過ごすといっても映画館や水族館や遊園地とか、もっぱら会話をしなてくもいいような場所で時間をつぶしていた感じでした。

離婚してずいぶんと経ったある日、娘が「お母さん、お母さんはどうしてお父さんに会わないの?」と聞いてきました。

「うーん、お母さんはお父さんと離婚したでしょ?だから、もう会わないの。でもあなた達にとってはお父さんなんだから、会って構わないのよ」と。

すると、娘が言いました。

「いやだよ、なんで私はお父さんに会わなくちゃいけないの?私だって離婚したお母さんの娘だもん。もうあんまり会いたくないよ」

すごい言い方ですよね。ビックリしました(笑)

それ以来、娘は「お役御免」となったのでした。