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今日もぽれぽれ

「ポレポレ」とはスワヒリ語でのんびり、ゆっくりという意味です♡

母子家庭時代 「泣きたくなる出来事」

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BGM:未来へ(ナオト・インティライミ ) なんちゃって

 

今でこそ、エアコンが完備している賃貸マンションが一般的になりましたけれども、昔は設置されていませんでした。そういうのは自分で購入し設置しなくてはならない時代でした。

引越先のアパートの1階は、前々からの私の知り合いの電気工事屋さんが会社として入っていました。近所のよしみで、それまで生活をしていた部屋も、また実家の何部屋かもエアコンを取り付けてもらったので、今回の引越でも一番に以前住んでいたところから撤去して新しく移り住むことになった部屋に設置してもらうことにしました。

そして、いざ、運んで設置という段階で、電気屋さんが私に言いました。

「奥さん、こりゃダメだよ。アンペアが違うから、取り付けられないよ。これを処分して新しいのを買うしかないな」

畳に敷かれた養生シートの上の汚れたエアコンと機材を見つめながら呆然としてしまいました。でも、新しいエアコンを購入するお金なんて、私にはありませんでした。

とりあえず、実家に行き、その話を父にしていたら、何だか、急に、これまでこらえていた涙があふれ出し、情けないことに、私は子供のように泣きじゃくってしまいました。すると、父が言いました。

「ばか!そんなことで泣くやつがあるか!うちの2階の部屋に新しくつけたばかりのエアコンがあるから、それと取り替えればいいじゃないか。」

「いいの?新品をつけたばかりなのに、うちの使っていたやつと交換してくれるの?」

「おまえんところのは容量が大きいタイプなんだろ?こっちは6畳と8畳の2部屋で使うんだけれど6畳タイプのエアコンをつけたから、うちのと交換してやる。泣くな、泣くな」

父の優しさが心にしみました。

嬉しくて、アパートの部屋まで大急ぎで戻り、電気屋さんにエアコンの交換の話をしました。

「すみません。実家の取り外しと取り付けまで面倒をおかけしてしまうのですけれど、お願いします」

「いいよ、いいよ。そんなこと。やってやるよ」

すっごい面倒なことをお願いしているのに、電気屋さんは文句も言わず

「よし、じゃあ、まずあっちのやつをはずしてこっちに持ってくるか」

と言いながら、部屋を出ていきました。

 

そして、真新しいエアコンが取り付けられたところで、「新しい部屋を見る?」と実家で1歳年下のいとこと遊んでいた娘に言うと、ふたりで大喜びしてアパートの部屋を見にやってきました。

どこもかしこも狭く、一応畳の取り替えはしてあるものの、経年劣化している部屋はお世辞にも美築ではないし、ベランダの日当りも最悪だったのですが、娘の口から出た言葉は意外にも「いい部屋じゃない」でした。

私は思わず、娘に「ほんと?いい部屋?」と聞き返すと

「うん、いい部屋」と繰り返し娘が言ったので、私はほっとしました。

ところが一緒について来た姪っ子は、以前まで住んでいたマンションに何度も遊びに来ていたので

「なんで?なんで?前のおうちのがずっときれいでよかったのに。なんで引越しちゃったの?ねえ、なんで?なんで?」

と、それはしつこく娘に迫りました。

娘はなんて応えるのだろう?と心配していたら、

「あのね、ここに住むことに決めたんだから、お願いだからもう二度とそういうこと言わないでくれる?」

と低い声で毅然と言い返しました。姪っ子は、さすがにその口調に驚いたようで、それきり何も言わなくなりました。

私はその時初めて娘が色々と我慢して耐えていること、そして一緒に暮らす私を実は気遣ってくれていることを知りました。

 

そうは言っても、子供達は無邪気なものです。私達がそこに引越して来ると、姪っ子は私がまだ会社から戻らない留守にしょっちゅう遊びにやって来て、娘と仲良く留守番してくれていました。時にはご飯も食べてお風呂も入って、お泊まりもして行きました。

 

大人の事情を子供に説明するのは難しいけれども、時に大人が想像する以上に子供が成長していることに感動させられるものです。気遣いや優しさ、こういうことは、教えるのではなくて、感じるのだなとも。離婚で失ったこともいっぱいあるけれども、失ったからこそ気付くことも沢山あり、それらを糧として強く生きていこうと思った一日でした。

 

その後、父が私に言いました。

「人生はいろんなことが起きるもんなんだ。でもな、今回のこういうつらいことも、親が生きている時に起きたということは、よかったじゃないか。もし死んじゃってたら、もっともっとつらいぞ。お父さんもお母さんも、生きていれば、お前をいつだって助けてあげられる。だから、お前も頑張りなさい」

翌々年、父は癌で亡くなりました。

今の夫がよく言います。お父さんに、今の君や子供達の姿を見せて安心させてあげられなかったのは残念だったねと。

まあ、きっとどこかで私達家族のことを見守っていることでしょう。そして、あの時も、これからも、ありがとうとお礼を言いたい。