母子家庭時代 「ある日のアパートでの出来事」
BGM:パピエ(森山良子) なんちゃって
離婚してまなしのある日、アパートに娘のお友達とそのママが2組遊びにやってきました。6畳と4畳半の二間はふすまを取り払っていたけれども、タンスやらテーブルやら家具がところ狭しと置かれ、大人3人子供3人が入るとかなり窮屈な上、何よりも大人の会話が丸聞こえでした。
ママのひとりが、私が離婚したことを心配して言いました。
「子供は傷つきやすいから、お父さんとお母さんが離婚したこと、学校では内緒にしておいた方がいいと思うわよ」
「大丈夫よ。うちの子は。隠していたとしてもいずれわかってしまうことだし」と言うと
「ダメよ。絶対に内緒にした方がいいって。お父さんがいないことで変な目でみられたり、いじめられたりしたら、かわいそうじゃない」
「でも下の子供が同じ幼稚園のママ達は、保育園に移る時、私のために送別会を開いてくれたので、みんな事情は知っているし、あなたも知っているわけだから」
「あら、私達は絶対に言うつもりはないから安心して。あ、でも仲良しの○○ちゃんのママと○○ちゃんのママにだけは話したけれど、一応ふたりには口止めしておいたし、だから大丈夫」
既に同じクラスのママが4人も知っているのに大丈夫?
私は離婚はしたけれども、そして狭いアパートに引越したけれども、毎日学校から戻った時に「おかえりなさい」と子供達を迎えてあげられないけれども、物質的に恵まれた生活は出来なくなったけれども、そのどれもがひとから後ろ指差されるようなことではないわけだし、内緒にしなくてはいけない理由が、いまひとつ私には理解出来ませんでした。
たしかに、当時は離婚して母子家庭になるひとは今ほどはいなかったので、噂にはなりやすかったかもしれません。でも、母子家庭だからといって、世間的にみじめなかわいそうな家族というのも少し違うように思いました。そして、母親だけでなく、子供までもそういうレッテルを貼られてしまうというのもおかしな話です。
でも、そのママのご好意自体は理解出来たので、娘と二人きりになった時に、娘の気持ちを聞いてみました。
「ねえ、お引越して、お父さんが一緒のおうちに住まなくなったこと、みんなに知られるのはいや?内緒にしておいた方がいい?」
すると娘は
「ううん。平気。お母さんと暮らしているもん。お父さんいないのに嘘をつくのはいや」と応えました。
私は娘の言葉を信じることにしました。そして、お友達に何を聞かれても正直にこたえればいいと話しました。私は娘が卑屈な気持ちになることの方が心配でしたので、これでいいと思いました。
このアパートの1階には三人兄弟のおじさん達がやっている電気工事会社が、いつも開放して作業していのたで、娘が小学校から戻ると「おかえりなさい」と言いながら、あたたかく声をかけてくれました。帰宅した時に、私がいなくても、同じアパートの住人が、地域社会が、優しく見守ってくれたことはどれだけありがたかったことか。
そうそう、この私達が住むアパートはおかしな事件がいっぱい起きるところでした。
ある日、私が昼間アパートに戻ったら下に救急車が止まって大騒ぎになっており、聞くところによると、アパートの外壁塗装工事をやるのに、最上階の手すりにロープをひっかけてゴンドラで作業していた職人が真下に落ちたというではないですか。さらに驚くことには、なんと職人が落ちたその上に、4メートルはあるだろう鉄製の手すりが外壁から外れて落ちて来たということでした。そばでフィリッピン人の見習い職人が「オヤカタ、オヤカタ!ダイジョウブカ?」と大声で叫んでました。幸い親方は意識はあるようでしたので、救急車で運ばれていきましたが、その時、真下を子供が通っていたらと考えたら、ぞっとしてしまいました。4階に上がってみると、手すりが完全になくなっていて、少し風が強く吹いたら、真下に落ちそうだったので、子供には絶対に上の階に上がってはいけないと厳重に注意しましたが、やれやれ、何かと心配の種は尽きませんでした。