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今日もぽれぽれ

「ポレポレ」とはスワヒリ語でのんびり、ゆっくりという意味です♡

母子家庭時代 「ゲームボーイとポケモン世代」

母子家庭時代 家族 ちょっと自分のこと

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日本でも『Pokémon GOが始まりましたね。

賛否両論はあるものの、かつてのポケモン世代は喜びにうちふるえているのではないでしょうか。

離婚した当初、我が家にも初代ゲームボーイ機とゲームボーイポケットの各1台ずつあったので、我が家のきょうだいふたりがまだ小さかった頃、ポケモンで仲良く遊びながら私の帰りを待っていました。

ポケモン赤と緑の時代は、ゲーム機のディスプレイはモノクロでした。

その後、ゲームソフトと共にゲーム機自体が進化し、ポケモン金と銀の時代になると、ゲームボーイカラーというのが世の中に出回りました。ゲームの画面がカラー表示になり、ポケモン達はより魅力あふれる生き物になって、子供達の心をわしづかみにしました。

すぐ近所の実家にはうちの子達と1歳ずつ年下の姉と弟がいて、年が1つ違いの4人はいつも一緒に遊んでとても仲良しでした。実家の兄は、新しモノ好きなのと、彼自身がゲーム好きだったので、自分の子供達にも真っ先にこのゲームボーイカラーをそれぞれ1台ずつ買ってあげていました。

うちはというと、古いモノクロのゲーム機が2台だったので、ある時、おせっかいというか親切な兄が私に言いました。

「お前、もうゲームボーイカラーの時代だよ。みんながゲーム機を持っていないと、一緒に遊べないんだ。お前が買ってやれないんだったら、俺がふたりのを買ってあげるよ」

子供達は大喜びで、おじちゃんが買ってくれたゲームボーイカラーを使い、その日から夢中になってポケモン金と銀で遊び始めました。当時のポケモンは通信ケーブルで自分が持っていないポケモンを相手とやり取り出来たので、4人は互いに交換しながら、楽しくポケモンを集めていたように思います。

 

息子は「スーパーマリオ」からのテレビゲーム世代だったので、ポケモンだけでなく、いろんなゲームをお小遣いを貯めては買っていました。本を読むのは大の苦手な息子が、何故か難しい攻略本だけは一生懸命読んでいました。

 

離婚後引越してから通い出したピアノ教室の待合室には、当時は高額だったAppleのパソコンがおいてあり、子供向けグラフィックソフトの「キッドピクス」が入っていて、それがまた楽しくて娘も息子もパソコンに触りたくて通っていました。ある時、ピアノの女の先生から息子に音楽は全く無理と太鼓判を押され、その代わりに同じお月謝で、そこにいた男先生がパソコンの使い方を教えてくれました。そして、英語版ソフトを入れ息子オリジナルのゲームを作らせてくれました。

出来た作品を見せてもらったら、レンガ模様の迷路に「ウンコの部屋」や「金貨の部屋」があり、入口からマウスを使って迷路をさまようという単純なゲームでしたけれど、傑作だったのは、マウスで、「ウンコの部屋」に一歩入ると「うわー、うんこがいっぱいだー!」とまだ声変わりしていない甲高い息子の叫び声がして、家族で大笑いしたのですが、この当時から息子のレベルがうかがえます(笑)

 

私が働いて家にあまりいなかった時間、子供達ふたりは、ある意味ポケモンなどのゲームに支えられていました。昔の子供達のように外で遊べといっても、ほとんどの子供達は習い事のスケジュールが色々と入っていました。また、親同士が仲良しでないと、友達の家に行き来は出来ないし、いつからかアポをとらないで友達の家に勝手に上がり込むことはタブーとされている時代になっていたのでした。

きょうだいで仲良く家で遊べたポケモンは、あの当時の母子家庭時代の不都合な生活を一掃させてしまうくらいチカラがあったように思います。そういう意味では、私はポケモンにとても感謝しています。

 

『Pokémon GO』が日本解禁となった翌日、家族が皆家に集まり食事会をしました。きょうだいが仲良くゲームに興じている風景を見て、何故だか私は昔をなつかしく思い出しました。いろいろあったことが、夢のようで、ポケモンと一緒に、時空を飛んでいるような気持ちになりました。