還暦過ぎると、だいたいの家は子供たちも自立し、夫婦の時間が増えていきます。それと同時に、それぞれの親の介護も始まったり、ひとつ手が離れると、もうひとつ気がかりなことが増えてきます。
とはいえ、気にかける家族がいる、気にかけてもらえる家族がいるということは、ありがたいことですよね。
実家の母に会いに行くと、以前はよくいろんな会話ができたのですが、最近では
「もう、よたばあさんよ(よたよたしているおばあさんの意味)」
「もう、100歳だからしょうがない(実際は90歳)」
「見て、こんな血管が浮き出て、骨皮すじ子よ(骨と皮と浮き出た血管しかないという意味)」
このおきまりの三つの会話ばかり繰り返している母。
そんな母ですが、私がたずねる度に、毎回夫のことを気にかけてくれます。
「今日は会社?」
「家にいるんだったら早く帰ってあげないとね。」
「なんか持っていってあげるものはないかしら?」
というふうに。
寝たきりでも、いつも家族のことを気にかけてくれる母には本当に頭が下がります。ありがたいことですね。
けれども、そう言ったかと思うと、おきまりの三つの会話がまた繰り返され、長居してもキャッチボールのような会話は続かなくなりました。
先週末は、夫婦ふたりで健康のために徒歩で実家に行きました。いつも夫のことを気にかけてくれるので夫の顔を見せてあげようかなと。途中、母の好きそうな舟和の芋羊羹を買ってお土産にして。夫を連れて行くと、案の定母はものすごく大喜びし、いつもより一生懸命会話している感じでした。
母の元気な様子に、私もすっかり気分がよくなり、実家の帰りに、まだ行ったことのない近所の鰻屋さんに行き、夫に鰻をご馳走しました。思いがけず大好物にありつけた夫の喜びようは言うまでもなく。
母が喜んで、夫が喜んで、その姿を見て私も嬉しくなりました。
家への帰り道で、途中買い物し手袋をはずしてしまった私の手を夫がさりげなく自分のポケットにいれてギュッと温めてくれました。なんだか私は胸をズキューンと打たれたような気持ちでした。
「ポケギュ」
ちょっと流行らせません?シニア夫婦に(笑)
「ポケギュ」状態で私は夫に言いました。
「今日は母に会いに行ってくれてありがとう。同じことばかり繰り返していて会話にならないけれどね」
すると夫が
「会話なんてどうだっていいんだよ。大事なのは、顔を見せてあげることなんだから。」
ケアホームに入居している義父も、やはり私達が顔を見せるととても喜びます。毎回ほとんど同じような会話をしているだけですけれど、会いに行けばとても嬉しそうな笑顔を見せてくれます。その笑顔を見て、夫も私も幸せな気持ちになります。
しあわせはこんなささやかな行為でも連鎖していくのですよね。