BGM:こぬか雨(TERRY & 伊藤銀次) なんちゃって
今でこそ可愛いくてそこそこ品物の良い女性用下着がいたるところで出回っていますけれども、私の最初の結婚していた時分は、下着といったらデパートかスーパーしかなかったように思います。
そして、子育て中は、下着といったら、まずは子供のものを優先してしまうものです。それは毎日汚れるしお洗濯でボロボロになるし、しかも成長が早くてあっという間に着られなくなってしまうからです。離婚前の私は子育て必死の時代で、しかも後半は経済的にも困窮していたので、自分の下着に気を配る余裕がほとんどなく、ブラジャーなどはワイヤーが取れてしまったり、レースがくてくてになっていたり、色鮮やかだったものも色あせてしまっていましたが、まあつけられればいいやと思っていました。
離婚の時に強く背中を押してくれた友達が、引越を手伝ってくれました。私の衣類が入っているタンスの中身を出して袋に入れて段ボールに詰める作業をしていた彼女が呆れたように言いました。
「ちょっと、何?これ。ひどい下着を着てるのね。私だったら、こんなの捨てるわ」
また、タイツやストッキングを詰めている時には
「ちょっと、なんで、こんな伝線してるのとか、穴が空いているのとかを引き出しに入れてるのよ。まともなのがないじゃない」
「いや、冬寒い時にジーンズの下にはくにはそんなんでいいのよ」
「でも、ちょっと多すぎるんじゃないの?」
「じゃあ、ひどいのは捨ててくれてかまわないから」
と私が言うと
「ほな、じゃんじゃん捨てるわよ」
と、ポイポイと捨て始めました。
彼女は、独身のいわゆるキャリアウーマンだったのと、ちょうどバブル時代の恩恵を受けていたので、お洋服にしても、バッグや靴にしても、それは高級なものを持っていました。当然、彼女の下着も推して知るべしだったと思います。
彼女の感覚では、子供がいるいないに関わらず、女性であることは人生の最優先だったと思います。身近の友達がこんなにも女を捨てた人生をやっていることに、不快感をあらわにしていました。
私はというと、引越を手伝ってもらったことを、ひどく後悔していました。
離婚して少し生活が落ち着いて来たある日、胸に手をあててみたら、なんだかしこりのようなものがあることに気付きました。心配になったので、都立駒込病院の乳腺外科の外来に診察に行きました。長い時間待たされて診察室に入ると、かなり恰幅の良いご年配の先生が座っていました。後で聞いた話によると、乳房外科の一番えらい先生でした。
先生は、私の乳房を触診しながら
「最後にセックスしたのはいつ?」と、突然失礼なことを聞いてきました。
「え?あ、あのおー、私、離婚しているので」と応えると
「離婚してたって、セックスしていいじゃない」と笑っています。
「いえ、母子家庭になったばかりで、そんな状況ではありません」
と、応えながら、私はいったい、なんでこんなことを話さなくてはならないのかと、涙が出そうになりました。
触診を終えると先生が
「大丈夫。しこりはたぶん乳腺でしょう。あんた、女の細腕で子供を育てているの?子供はいくつ?」
「上が7歳で下が5歳です」
と言うと、先生はうーんという困ったような顔をして
「乳がんっていうのは、ほとんど、お父ちゃんが発見するもんなんだ。わかるだろ?でも、あんた、お父ちゃんいないってことはさあ、これから、時々、自分のオッパイを横になった時に自分で触ってチェックしないとダメだよ。やり方はこうやってね…」
と言いながら、私の手の平をとると、先生が私の乳房の上にのせて、こうやって触るんだよって教えてくれました。
そして、ガッハッハと笑うと、
「お母さん、いいかい。母子家庭っていうのはね、あんたの健康が第一なんだ。子供のためにも、ちゃんと自分の身体の健康チェックをするんだよ。頑張りなさい」
と言って診察は無事に終わりました。診察室を出たら、何だか自分でもよくわからない涙があふれて来て困りました。
それから、ずいぶんと経ったある日のことでした。
仕事では表参道から渋谷に徒歩で取引先におつかいを頼まれることが多かったのですが、その途中246の通りに面したところに可愛い下着のショップを見つけました。
ドキドキしながら、中に入ってみると、夢見るような可愛い下着がわんさかと綺麗にディスプレイしてあり、女性の下着がこんなにも素敵で愛らしいものだということを初めて知りました。
店員さんが「来週、上の階でセールをやりますから、是非お越しください。かなりお安くなりますよ」と教えてくれました。
翌週、私は昼休みに会社を抜け出してセールに行きました。ワゴンの中には、可愛い下着がサイズごとに分けられていっぱい入っていました。試着して、自分としてはかなり思い切った買物をしました。かわいい水色の袋につめられた、愛らしい下着達!自分の暮らしに一番欠けていたものは、自分へのプチ贅沢でした。
誰にも見せる予定はないけれども、自分だけが楽しめるオシャレ。下着一枚でこんなに女性は豊かな気持ちになれるんだと感動した日でした。
そして、いつか娘がブラジャーをつけるようになった時には、ここで可愛くて心地よいものを買ってあげようと思ったのでした。